スマートシティにおけるサービスデザイン:理論、国内外の成功事例、計画・実践手法
スマートシティ計画において、最先端技術の導入は重要な要素の一つですが、技術それ自体が都市の課題を解決し、住民の幸福度を向上させるわけではありません。技術はあくまで手段であり、その技術を通じてどのようなサービスを提供し、それがどのように人々の生活や都市活動に価値をもたらすかが問われます。ここで鍵となるのが「サービスデザイン」の考え方です。
本記事では、スマートシティにおけるサービスデザインの理論的な背景、国内外の具体的な成功事例、そして都市計画の実務家がサービスデザインを計画・実践するための具体的な手法について解説します。
スマートシティにおけるサービスデザインとは
サービスデザインは、ユーザー(住民、企業、来訪者など)の視点に立ち、サービス全体の体験を設計するアプローチです。単にデジタルプラットフォームやアプリケーションを開発するだけでなく、それらを利用するプロセス全体、さらにはオフラインでの接点や組織内部の連携まで含めた包括的な設計を行います。スマートシティの文脈においては、センサーデータ、AI、IoTなどの技術を活用して提供される公共サービス、交通、エネルギー、ヘルスケアなどの多様なサービスを、利用者にとって直感的で、使いやすく、価値あるものとするための設計手法と言えます。
理論的背景と主要概念
サービスデザインは、人間中心設計(Human-Centered Design: HCD)やデザイン思考(Design Thinking)を基盤としており、以下の主要概念が含まれます。
- ユーザー中心: サービス提供側の論理ではなく、実際にサービスを利用する人々のニーズ、行動、感情を深く理解することから始めます。ペルソナ設定やカスタマージャーニーマップ作成などの手法が用いられます。
- 共創造(Co-creation): サービスの企画・開発プロセスに、ユーザーや多様なステークホルダー(自治体職員、企業、地域コミュニティなど)を巻き込み、共に価値を創造します。リビングラボなどの取り組みがこれに該当します。
- エンドツーエンド: サービスの提供開始から終了までの全てのプロセス、オンラインとオフラインの接点を区別なく、一連の体験として捉え設計します。サービスブループリントがこの可視化に役立ちます。
- 実証実験(Prototyping & Iteration): 初期段階からプロトタイプを作成し、ユーザーからのフィードバックを得ながらサービスを継続的に改善していくアジャイルなアプローチを採用します。
スマートシティ計画においてサービスデザインを導入することで、技術導入の目的が明確になり、住民ニーズとの乖離を防ぎ、より持続可能で利用されるサービスを実現することが期待できます。
国内外のスマートシティにおけるサービスデザイン成功事例
サービスデザインの考え方を取り入れたスマートシティの取り組みは世界中で進んでいます。ここではいくつかの事例とその特徴を分析します。
事例1:バルセロナ(スペイン)のスマートシティ戦略
バルセロナは、都市の技術活用において早くからサービスデザインの視点を取り入れてきました。単なるインフラのデジタル化にとどまらず、それを通じて市民生活をどう向上させるかに焦点を当てています。例えば、「スーパーブロック(Superblocks)」構想では、自動車交通を抑制し公共空間を創出する物理的な都市デザインと並行して、地域の活性化やコミュニティ形成を促すサービス、そしてそのためのデジタルプラットフォームが一体的に計画されました。計画プロセスにおいて住民ワークショップや共創造の機会が設けられ、技術が市民の活動や交流をどのようにサポートできるか、サービス体験をどう向上させるかという視点が重視されています。
事例2:シンガポールのGovTechによる市民向けサービス開発
シンガポールは「Smart Nation」構想の下、政府機関が市民向けデジタルサービス開発をリードしています。Government Technology Agency (GovTech) は、UX/UIデザイナーやサービスデザイナーを多数擁し、市民が政府サービスをより簡単かつ効率的に利用できるよう、サービスデザインの手法を徹底して適用しています。例えば、各種申請手続きのオンライン化では、ユーザーテストを繰り返し行い、直感的なインターフェースとスムーズな手続きフローを設計しています。これは、都市全体で提供されるサービスにおいても、市民の視点から体験価値を最大化するというサービスデザインの原則に基づいています。
事例3:国内における地域主体のスマートサービス実証実験
国内でも、特定の地域課題解決を目指したスマートサービスの実証実験において、サービスデザイン的なアプローチが取り入れられています。例えば、高齢者の見守りサービスや地域交通オンデマンドサービスの実証では、ターゲットとなる住民グループへの丁寧なヒアリングや共創造ワークショップを通じて、実際の生活動線や利用シーンに合わせたサービス内容やインターフェースが検討されています。技術の実装可能性だけでなく、対象者が「使いたい」と思えるか、継続的な利用につながるか、というサービスとしての魅力や使いやすさが重視されており、プロトタイピングによる迅速な改善が行われています。
これらの事例から、サービスデザインは単なる見栄えの良いUIデザインではなく、サービスの提供プロセス全体、ステークホルダー間の連携、そして何よりも利用者の体験価値向上に焦点を当てることで、スマートシティの取り組みを持続可能で意味のあるものにすることに貢献していることがわかります。成功の鍵は、技術ありきではなく、解決すべき課題と提供すべきサービスを明確にし、その設計プロセスに多様な関係者を巻き込む点にあります。
スマートシティ計画におけるサービスデザインの実践手法
都市計画コンサルタントや実務家がスマートシティ計画にサービスデザインを取り入れるための具体的な手法を以下に示します。
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課題とユーザーの深い理解(Discover & Define):
- 対象地域の住民、企業、来訪者など、多様なユーザー層のニーズ、困りごと、行動パターンを定量・定性両面から調査します(アンケート、インタビュー、行動観察)。
- ターゲットユーザーのペルソナを作成し、共感マップを用いて彼らの視点を共有します。
- 現状の関連サービス(デジタル・アナログ含む)のジャーニーマップを作成し、課題や改善点を特定します。
- スマートシティ計画で解決すべき具体的な課題を、ユーザー視点から再定義します。
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アイデア発想とコンセプト開発(Develop):
- ブレインストーミングや共創造ワークショップなどを通じて、定義された課題に対する多様な解決策(サービスアイデア)を生成します。
- 実現可能性だけでなく、ユーザーにとっての魅力や価値を基準にアイデアを絞り込み、具体的なサービスコンセプトを開発します。
- サービスの全体像を把握するために、サービスブループリントを作成し、フロントステージ(ユーザーが直接触れる部分)とバックステージ(提供側の内部プロセス、技術基盤、組織連携など)の関係性を可視化します。
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プロトタイピングとテスト(Deliver & Iterate):
- 開発したサービスコンセプトに基づき、迅速かつ低コストでプロトタイプを作成します。サービスのコア機能を模倣したモックアップ、ストーリーボード、あるいは実際の環境に近い実証実験など、多様な手法があります。
- プロトタイプを実際のユーザーにテストしてもらい、フィードバックを収集します。利用時の課題、期待とのギャップ、改善点などを洗い出します。
- 得られたフィードバックに基づき、サービスコンセプトやプロトタイプを繰り返し改善します。このアジャイルなプロセスが、机上の空論ではない、実効性のあるサービス設計に繋がります。
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実装と継続的な改善(Implement & Evolve):
- テストを経て検証されたサービス設計を、技術開発や組織体制の整備と連携させながら本格的に実装します。
- サービス運用開始後も、利用データ(アクセスログ、利用状況、フィードバックなど)を収集・分析し、サービスの利用状況やユーザー満足度を継続的にモニタリングします。
- データ分析やユーザーからの新たなニーズに基づき、サービスを継続的に改善・進化させていきます。スマートシティは静的な状態ではなく、常に変化し続けるシステムとして捉え、サービスも柔軟に対応させていくことが重要です。
これらの手法は、従来の都市計画プロセスの中に組み込むことができます。例えば、マスタープラン策定段階でユーザー調査やコンセプト開発を行い、個別プロジェクトの推進段階でプロトタイピングや実証実験を行うといった形です。重要なのは、技術導入ありきではなく、ユーザー体験と提供価値を中心に据え、多様なステークホルダーと連携しながら、柔軟にプロセスを進める姿勢です。
まとめと今後の展望
スマートシティ計画におけるサービスデザインは、技術と人、そして都市活動を有機的に結びつけ、真に価値ある未来都市を実現するための不可欠なアプローチです。単なるテクノロジー導入プロジェクトではなく、人々の生活を豊かにする「サービス創出プロジェクト」としてスマートシティを捉え直すことが求められています。
都市計画の専門家にとっては、技術的な知識に加え、サービスデザインの考え方や手法を習得し、異なる専門分野(技術者、社会学者、デザイナー、地域住民など)との協働を促進するファシリテーション能力を高めることが、今後のスマートシティ計画においてますます重要となるでしょう。
今後は、AIによる個別最適化されたサービス提供、XR技術を活用した没入感のあるサービス体験、そして都市デジタルツイン上でのサービスシミュレーションなど、新たな技術とサービスデザインが融合することで、スマートシティにおけるサービスはさらに高度化・多様化していくと考えられます。サービスデザインの視点を持つことで、これらの技術革新を単なるトレンドとして追うのではなく、都市と住民にとって最大の価値を引き出す形で計画に組み込むことが可能となります。
本記事が、スマートシティ計画に携わる皆様にとって、サービスデザインの重要性を再認識し、日々の実務にその考え方や手法を取り入れるための一助となれば幸いです。