スマートシティ計画室

アグリテックが拓く都市の食料安全保障:スマートシティ計画の理論、国内外事例、実践手法

Tags: アグリテック, 食料安全保障, 都市計画, スマートシティ, 都市農業

はじめに

スマートシティ計画において、都市の持続可能性と住民のウェルビーイング向上は中心的な目標です。これまで交通、エネルギー、ガバナンスといった領域に焦点が当てられることが多かった中で、食料安全保障は都市のレジリエンスや住民生活の質に直接関わる重要な要素でありながら、計画の主要なテーマとして位置づけられることは比較的少ない状況でした。しかし、気候変動、サプライチェーンの脆弱化、都市部におけるフードデザート問題など、食料システムを取り巻く課題は増大しており、都市レベルでの対応が喫緊の課題となっています。

本稿では、アグリテック(農業技術)がどのように都市の食料安全保障に貢献し得るのかを、「スマートシティ計画室」の視点から掘り下げてまいります。理論的な背景から、国内外の具体的な事例、そして都市計画の専門家や実務家がアグリテックを計画に組み込むための実践的な手法やツールについて解説いたします。

都市における食料安全保障の課題とアグリテックの可能性

都市の食料システムが抱える課題

現代の多くの都市は、食料供給の大部分を外部地域からの輸送に依存しています。この構造は、いくつかの深刻な課題を抱えています。

アグリテックによる課題解決へのアプローチ

アグリテックは、これらの都市における食料システムが抱える課題に対し、革新的な解決策を提供する可能性を秘めています。

これらのアグリテックは、スマートシティが目指す「レジリエントで持続可能な都市」の実現において、食料安全保障の観点から重要な役割を果たすことができます。都市のデジタルインフラ(データ連携基盤、通信ネットワークなど)と連携することで、生産から消費までの食料システム全体を効率化・最適化することも可能となります。

国内外のアグリテック活用事例

アグリテックを都市の食料システムに組み込む取り組みは、世界各地で進められています。いくつかの代表的な事例をご紹介します。

事例1:シンガポール - 高密度都市国家における食料自給率向上への挑戦

国土が狭く食料の90%以上を輸入に依存するシンガポールは、食料安全保障を国家戦略の最優先課題の一つとして位置づけています。政府は「30 by 30」目標(2030年までに食料自給率を30%に引き上げる)を掲げ、アグリテックの導入を強力に推進しています。

事例2:アムステルダム(オランダ) - 廃棄物活用と都市型農業の連携

アムステルダムは、循環型経済への移行を目指す中で、都市内の有機性廃棄物を活用した都市型農業を推進しています。

事例3:日本の都市におけるスマート農業技術の導入

日本国内でも、都市部やその近郊において、廃校や工場跡地などを活用した植物工場(垂直農場)の建設や、既存農業におけるスマート化が進んでいます。

これらの事例は、それぞれの都市が抱える特性や課題に応じて、多様なアグリテックが導入されていることを示しています。スマートシティ計画においては、自らの都市の状況を分析し、最も適したアグリテックの形態と実装方法を検討することが重要です。

スマートシティ計画におけるアグリテック導入の実践手法

アグリテックをスマートシティ計画に効果的に組み込むためには、体系的なアプローチが必要です。以下に、計画策定から実装に至る主要なステップと考慮すべき点、活用できるツールや手法を解説します。

1. 現状分析と目標設定

2. ステークホルダーエンゲージメント

アグリテック導入は、住民、既存の農業従事者、食品流通業者、技術プロバイダー、研究機関、行政機関など、多様なステークホルダーに影響を与えます。

3. 技術・サイト評価と選定

目標達成に貢献し得るアグリテックの種類(垂直農場、屋上農業、アクアポニックス、昆虫飼育など)を検討し、それぞれの技術的特徴、コスト、必要な環境、運用・メンテナンスの要件を評価します。

4. インフラ整備とシステム設計

アグリテック施設の建設に加え、水循環システム、エネルギー供給(再生可能エネルギー活用を含む)、廃棄物処理・リサイクルシステム、およびデータ収集・管理のためのICTインフラ(センサーネットワーク、通信回線、データプラットフォーム)の設計・整備が必要です。

5. 政策・規制の見直しと制度設計

アグリテックの円滑な導入と運用には、既存の政策や規制が障壁となる場合があります。

6. ビジネスモデルとファイナンス戦略

アグリテックは多くの場合、初期投資が高額になります。持続可能な事業運営のためには、明確なビジネスモデルとファイナンス戦略が必要です。

7. 運用、モニタリング、評価

導入後も、継続的な運用管理、システム性能のモニタリング、そして計画の目標達成度評価が必要です。

まとめと今後の展望

アグリテックは、都市の食料安全保障を強化し、サプライチェーンのレジリエンス向上、環境負荷低減、地域活性化に貢献する重要なツールです。スマートシティ計画において食料システムを戦略的に位置づけ、アグリテックを適切に導入・運用することで、より持続可能で、健康的で、住民にとって暮らしやすい都市を実現することが可能となります。

しかし、アグリテック導入は単に技術を設置することに留まりません。都市の特性を踏まえた計画策定、多様なステークホルダー間の連携、既存制度の見直し、そして持続可能なビジネスモデルの構築といった多角的な視点が必要です。

今後、アグリテックは都市のエネルギー、水、廃棄物管理システムとの更なる統合が進み、真の意味での循環型都市システムの中核を担う可能性を秘めています。都市計画の専門家や実務家には、アグリテックの最新動向を継続的に注視し、自身の都市の課題解決に向けた実践的な応用を探求していくことが求められます。

「スマートシティ計画室」では、今後もアグリテックを含む未来都市計画に関する最新情報を提供してまいります。